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2000年5月
安全という基準 (防衛技術ジャーナル)
 我々OBが集まり喧喧諤諤となるのは、やはり防衛問題である。意気高揚し、では意見でも申し述べるかという段になると、誰となく言い出し皆そうだということになるのは、現職に迷惑をかけたくないということである。いま実際に仕事を懸命にしているのは、現職である。現職に迷惑をかけたくないというのは、防衛庁のみならず、あらゆる官庁のOBの気持ちであろう。またそれは、OBとしての当然のたしなみである。
 防衛庁は一般行政とは異なり、ちょっとした政治的発言が防衛行政に大きな影響を与えることがある。そんなことが我々の気持ちに、普通以上の影響を与えているところもあるかもしれない。しかし、最近世の中の動きは激しい。世の中がそして防衛庁がどうなるのか、今までとは違って来ているのではないか。そこで、我々の意見を言うことも現職に迷惑をかけるかもしれないが、それ以上お国の為になることもあるのではないかと思い、これを発表することとした。

●安全という基準

■ オウム関連会社のソフトの受注
 本年3月初旬以来、オウム心理教(現在はアレフと改名。本稿では、旧称を使う。)の経営するパソコンソフト開発会社が、多くの官公庁、有名企業のコンピューターソフトを作成していたことが警視庁公安部の調べで判明したと報道され、大きな問題となっている。防衛庁、文部省、建設省、郵政省や足立区役所、通産省の外郭団体、企業ではNTT、NTTドコモをはじめ通信、電気、小売業、金融など約80社(新聞によっては90社)に上がることが報道された。続いて、警視庁、共同通信社、日本経済新聞社もオウム心理教の開発会社にソフトの発注をしていたことが判明した。
 その後、教団のソフト開発・納入先は更に広がり、4月中旬の報道によると、官公庁、大手企業など約190機関、210システムに及ぶという。この中では特に、オウムが核燃料、核燃料施設、核燃料の輸送ルート等に関する非公開の情報を保管していたことが警告されている。
 報道によると、オウムの開発会社は、料金が格安で(通常より3割程度安く)、仕事は速く、仕上がりも良く、好評だったという。
 防衛庁の場合、Aランクの企業44社を対象に一般競争入札を行い、その中の一社と契約したが、契約した会社がいくつもの下受けを使っており、その孫受け会社の一つがオウムの会社だったというわけである。
 地下鉄サリン事件をおこし、国家の転覆まで計ったとされるオウム真理教である。そのような教団に、国家の安全を任務とする防衛庁や警察の重要なネットを構成するソフトがオウムに筒抜けとなっていたとすると、これは大変な問題と言わざるを得ない。

■西欧で大問題となっているエシュロン
 オウムが危険視されるのは当然であるが、危険なのはオウムだけであろうか。国の安全にとって外国の情報機関の活動は危険でないのか。わが国の近辺にはわが国の安全を脅かす恐れのある国は存在する。しかしそのような国の情報活動が危険であるばかりではなく、わが国の同盟国や友好国も本質的にその国の利益の為に行動しているのであり、それらの国の情報機関の活動が、わが国の利益を損なう恐れは多分にある。
 橋本内閣時代日米の政府間交渉において、米国の情報機関の活動によりわが国の交渉内容が筒抜けとなっていたとの報道があった。これを道義的に非難してみても意味はない。国際間ではそのようなことが当然おこなわれると思うべきなのである。それだけではない。
 冷戦後米国の情報機関の活動は、経済情報の取得が一つの目的となっており、日本企業も対象となっているという。(宮脇磊介 「騙されやすい日本人」 新潮社)共産主義ソ連が崩壊し、自由主義市場が謳歌されるようになっているが、一面自由主義市場は弱肉強食の場であり、そこで勝つ為には情報がまず大切であることはいうまでもない。
 このように同盟国の間でも情報活動は厳しく行われており、それが判明して今欧米で大問題となっているのにエシェロン(ECHELON)がある。わが国では本年二月頃から時々報道されているが、エシェロンとは、米国、英国、カナダ、オーストリア、ニュージーランドの英語圏五カ国の情報機関が共同で全世界に張り巡らせている米主導の通信傍受システムのことである。これは、通信衛星や各国の地上の通信網から、電話、ファックス、Eメールを受信し、スーパー・コンピューターにより、暗号も解読し、利害関係のある情報を即時に検索、把握している世界最強の電子盗聴システムであるという。米国家安全保障局(NSA)の主導で1970年頃から組織され、冷戦中にソ連、中国の情報を盗聴する為に作られたが、現在も参加国(英語圏五カ国)の安全保障にかかわるような組織や人物の盗聴を行うこととなっている。ローマ法王や故マリー・テレサも盗聴されていた可能性があると言われる。青森県三沢の米軍基地も傍受の拠点であるかもしれないという。
 安全保障の問題といえEU諸国が、英語圏アングロ・サクソンによる情報の独占に反発するのは当然であるが、それだけでなく国際会議での各国の動きや企業の契約内容が米国側に漏れたという告発が続出しているという。EUの1998年の調査によると、フランスのトムソン社がブラジルとの商談を盗聴され米企業に契約を取られ、日本のNECが90年にインドネシアを相手に進めた電信施設の取引きを米国のAT&Tにさらわれたという。
 EUの欧州委員会に対して英米は、産業スパイ活動にはエシュロンを使用していないと解答したとされるが、英国のウォールEU担当大使は「国家の経済的安定を守ることは盗聴活動の正当な理由の一つだ」と述べ、他方ウルジー前CIA長官は、「米国が欧州企業の情報を盗聴するのは、取引き先の政府へ賄賂攻勢をかけるからだ。しかし米情報機関は情報を米企業に渡さず、賄賂工作を当該政府に通報する。賄賂を使ったり、国連の経済制裁措置を破って取引きする企業を監視するのは当然だ。」と述べたと報道されている。日本企業に対するこの様な事例は、台湾にあったと宮脇氏(前掲)は、別のところで述べておられる。
 これに対し、独、仏が、米大陸を対象とした通信傍受で協力しそのための基地を国内、国外に設置したとか、ロシアやスイスが通信傍受網強化に動いていると報道されている。
 わが国も当然対象となっていると見るべきであるが、わが国では時折外国の問題として報道されるだけであり、どのような対策をとるべきかというような議論は新聞紙上も見られない。
 しかしヨーロッパではこの問題はいま大騒ぎとなっていると、中西輝政 京都大学教授は某紙のコラムで述べておられる。教授によるとずっと以前から欧米の学者やジャーナリストの多くが、少々急ぐときでも大事なことは、Eメールやインターネットは使わないことにしていると言っている、とか、大陸ヨーロッパ諸国では1992年頃からの奇妙な通貨危機の発生を、こうした秘密情報活動のせいではないか、という疑惑がずっと渦巻いてきた、と書かれている。我々日本人にはとても信じられない、まるでSFの世界のようで、まして高らかに「グローバリゼーションの到来」が語られ、「情報のボーダーレス化」が世界をますます一つに結びつけていく、という近未来ビジョンを聞かされてきたきた身には、何か白昼夢の話のように思われるかもしれない、と教授の言われる通りである。しかし、教授は、この様な情報活動を道徳的に非難しておられるのではない。国家にとって情報活動が国益を制する大切なものであると言っておられるのである。
 更に五月の報道では、イスラエルの情報機関が、ホワイト・ハウスの通信システムに特殊な電子チップを埋め込み、米大統領と国家安全保障会議(NSC)との間でやりとりされるメールを傍受していたとの報道があった。中東和平プロセスや米国の中東政策をいち早くキャッチする為という。米国のサポートが無ければ国家としての存在もどうかと思われるイスラエルが、ここまでやるのである、いやだからこそやらざるを得ないのかもしれない。

■ 秘密保護法のないわが国
 オウムの間連会社がソフトを受注していたことに対して、マスコミは、情報危機管理に盲点とか下請け慣行に死角といった批判がなされている。これはオウム真理教だから大変な問題と公言できるのである。他の団体であったら、何を理由に情報危機管理をすべきというのであろうか。オウムでもあのような事件をおこす前は、尊師なる者が、ポアと言っていても、危険だなどとは言えなかった。後になって、ただ情報危機管理に盲点とか、下請け慣行に死角などと言だけ言うのは、無責任ではないか。一般に目的をもって情報に接近しようとする者が、自分が危険な相手であることを初めから明らかにしているのであろうか。
 情報管理に盲点と言うなら、何を、何にたいして、如何にして行うのかを問題としなければならない。何をということには、国家には秘密があるし、民間の会社にも個人にも秘密がある。防衛庁には、秘、極秘、機密などに分類された秘密がある。何に対してということは、秘に接近することを許された者以外は、全てに対してである。如何にしてというのは、秘を守る手続きと共に、破った者に対する処罰が必要である。
 しかし、わが国は国の制度として秘密を保護するようになっていない。すなわち秘密保護の法律がない。正確に言うとわが国には、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法が唯一つある。しかし、これは米国から供与された装備品等についての秘密保護を定めたもので、いうならば米国のライセンスで生産する航空機の秘密保護を定めているが、国産の航空機の秘密を保護するものではない。わが国固有の案件の秘密は保護されない。
 現実に防衛庁として秘密はあるのであるが、国家の立場からいうと秘密は存在しないということであろう。これでなにをもって、情報管理をせよと言えるのであろうか。
 又下請け慣行に死角というが、今日科学技術の発展は、コンピューターソフトのみならず専門分化し、何らかの生産、製造において部品に該当するものは、価格の問題だけではなく製造能力において下請けに頼らざるを得なくなっている。今回のオウム関連の場合、あまりに下請けの階段が多いのは疑問はあるが、一般的に下請けの存在は、構造的に必要なのである。
 報道によれば、防衛庁では、戦闘機やミサイル、新中央指揮システムなど重要な装置やシステムの開発の場合は下請け企業までチェックするが、今回のような一般的な通信・情報交換を目的とするシステム開発では、そのようなチェックはしていはかったという。
 しかし、秘密保護を行わない国家の体制の下でそのようなチェックをどこまでするのか、出来るのか。法的には問題ではないのか。
 今日、企業はコーポレート・ガバナンスということが言われ、公平性、透明性が主張されている。国家についても同じことが言われている。民主主義国家において、公平性、透明性は大切なことである。政府の契約においても同じである。国民の税金を使う上で、使い方を国民が知り、それに参加する者には機会均等で、なるべく安くする為には、公平性、透明性の原則は必須であろう。しかしそれは、下請けのチェックを厳しくすることとは矛盾するのではないか。
 更に、必要と思われる全てをチェックしようとすれば、その為には莫大な人員と予算が必要となる。そのような手当てをすることは、行政改革の下に公務員の数と経費の削減を目標とする政府の現状で、可能なのか。
 5月の報道によると、防衛庁は、コンピューターソフト開発事業の受注企業に対して制限を厳しくし、秘にならないものも含めソフト開発全事業について開発担当者等の名簿提出義務を課することで業界との調整に入ったという。その記事では、防衛庁幹部は、「公安調査庁には(オウムの)名簿が提出されているが、それを見るのか、公安調査庁に調べてもらうようにするなど、具体的なチェック方法が確立されなければ、対策はとれない」と話す。幹部の一人は、「教団関連企業」の受注を禁止する法律はない。受注を制限する以上は公安当局を中心に法的整備を真剣に検討してほしい」と話している、と書かれている。一般論で言えば、なにを根拠に名簿提出義務を課することが出来るのか疑問であるが、幹部の発言というのは、正にそのとうりで、オウムだけを問題にするのは、法ということを考えると基本的に無理なのである。
 公平性、透明性の原則は、秘密保持とは相反する原則である。現在の日本の状況でその中をどう調和を図るかが大切である。人間社会には、相反する原則が多数存在し、その中での調和を図ることで社会が存続するのであるから、当たり前であるのことではあるが。
 本年一月の報道で、総務庁は、1997年度の陸上自衛隊の調達、補給、整備の行政監察で、調査した全契約の84%が随意契約で、」競争原理が働いていないとして、競争原理による契約拡大を求めることなど10項目の勧告を行ったとされている。これに対して、瓦防衛庁長官は、「的確な措置をとり、防衛調達の透明性・公正性の向上を図って行きたい」と述べたとされている。総務庁の勧告の内容は、新聞記事からでは判断できないが、競争原理が働いていないとすれば、防衛庁としては長官の言われるとうりである。
 その後防衛庁では委員会などを作り、原則競争入札とする方向で検討しているという。正すべきものは正されねばならないが、それは秘密保護からは相反する方向であることは認識されているのであろうか。山本七平の「空気の研究」ではないが、わが国では一つの方向で走りだすと、それに反することはすべて無視されてしまう。そんな危険はないであろうか
 秘密保護法の整備が今日の日本で容易に出来るとは思えない。それが出来ない現時点では、何でも競争入札ではなく随意契約を利用することが考られなければならないのではないか。随意契約の使用と透明性、公平性の原則を調和させるために、秘密保護などの点から随意契約とする際の企業選定の条件などを防衛庁は作成すべきではないか。

■ 危険なのはオウムだけか。
 先にオウムだから危険を公言できると述べた。しかし、詐欺容疑で逮捕された福永法源前代表等の宗教法人法の華は、テロや国家の転覆を図ったのではない。オウムは企業の人事記録などを入手していたというが、もし法の華がそのようなものを入手したとすると、これも問題ではないか。防衛庁の人事記録、そこまでいかなくても名簿だけでも、どこかに流出するとすると、それも好ましくはないことではないのか。
 これまで、秘密の保護という面からのみ論じてきたが、それだけではない。自衛隊の部隊には、売店とか食堂の作業員とか部外のひとが入り、隊員と接触するところがある。そのこと自体は、むしろ好ましいことかもしれない。しかし、何らかの目的をもった団体がある意図をもってそこに入り、隊員と接触するようなことがあれば、それは問題ではないか。秘密保護というだけでなく、広く安全という意味から、考えられなければならないと思われる。
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