防衛省改革会議報告書 2 再発防止提言の不毛
 
 防衛省改革会議は、不祥事の再発防止のために、(1)規則順守の徹底(2)プロフェッショナリズムの確立
(3)全体最適を目指した任務遂行優先型の業務運営の確立の三つの原則が必要と提言している。いずれも
一見尤もの様に見えながら、内容は自衛隊の実態から離れた観念的議論に見える。

1 規則順守の徹底
 規則順守の徹底は当然のことだが、全防衛省・自衛隊に対する提言が、調達や汚職の面からだけ問題とされるのは、
おかしいのではないか。規則順守は、自衛隊にとって組織存在の基本だからだ。
(秘密保全の問題については、前回述べた。)多くの隊員は規律順守に努めているのに、彼らにとって遠い調達の場の問題が、自分たちの規則順守と同次元で提言されているとしたら、むしろ、士気を下げることとなろう。
 どの国でも、軍隊は他の組織に比べて規律が正しいといわれるが、その前提は規則順守だ。生命を賭する有事に上官の命令が徹底するのは、上官の人格的側面が大きいと言われる。しかしその前提に規則順守がある。それがなければ
戦闘行動など成り立たない。そして国家が、外の組織より厳しい規律を求めることが許されるのは、その職務に外にはない誇りを与えるからだ。
 自衛隊は、幸いにして平和が続き、本来の任務である戦闘に直面することがなかった。自衛隊の他の官庁との違いは、
本来の任務において民間との接触がないことだ(本土戦では全くないとはいえないが、それは戦闘に付随する場に
おいてだ)。自己の内部だけで業務は完結する。平和時の訓練でも同様だ。そのため、常識外のことが行われていても、
外部の批判で改められることは多くない。
 そして平和が続いたため、組織を機能させなくなる規律違反が常態になっている可能性がないとはいえない。しかも
任務に対する誇りが国家、社会から与えられず、日蔭者的存在とされ非難ばかりが強かったので、組織防衛の意識が
強くなったともいえよう。
 一般的にどんな組織でも部内で起った不祥事は隠そうとする傾向がある。しかしそれが常態になっていたら大問題だ。
個人の不祥事は個人の責任だが、同時にその個人が直接所属する部隊の責任となる。それは、部隊の評価、部隊の長の評価に結びつく。それが隠蔽体質となっているとすると、精強な部隊など夢の話だ。
 戦前の軍隊では、末端の部隊で物が紛失すると、隣の部隊から盗んできて帳尻を合わせることが強制されたとの話さえ
ある。自衛隊でそんな酷いことはないと思うが、時々思いもよらないような事件が報道されることがある。報道は氷山の一角とすると、自衛隊の体質として大きな問題だ。
 これを改めるには有事のことを真剣に考える指揮官が多くなることだが、日本自体が有事のことを考えなくなっているのだから、教育だけでそれを求めるのは難しい。安易に教育々々ということは、事態から目を背けることにならないか。
 一般的に軍人と官僚とは、異質の存在のように思われる。戦争、戦闘は、官僚体質とは異質だからだ。しかし実態は違う。特に中央組織の軍人についてだ。軍隊の閉鎖性と組織性は、中央の軍人を官僚の最大の典型とするように思う。例えば、自分の属する職種の利益を最も大切と考えることなどその一つだ。そしてそれが正しいと考える。戦前の海軍の大艦巨砲
主義などその典型だ。海上戦闘が航空機の時代に変わったことを日本海軍自身が世界で初めて示したのに、中央の
海軍軍人の多くはそれを理解しなかった。戦後、大艦巨砲主義が間違っていることに気がつかなかったとの告白もある。
それは操艦や砲術職種の人が海軍の主流であり、人事の中心となっていたからではないか。
 精強な軍隊を官僚主義は異質なものだ。これをどう調和させるかは、軍人自体にとって大きな問題だと思う。
 報告書では、秘密保護に関して「規則順守が任務に合致した合理性がなければならない」との指摘がある。尤もだが
機密保護だけの問題ではない。規則は、過去から引き継がれた経験の集積でもある。閉鎖組織で、それが現在の時点で
合理性を失っているとの判断をするのは難しいという一面がある。また上意下達の組織で、現場からその非合理性を指摘
するのも難しい。他方、隊員の扱いなど社会の変化に対応するあまり、行き過ぎてしまう場合もある。社会の変化と精強性の維持を図ることは、大切だが大変難しい問題だ。
 規律順守は自衛隊の基本である。その指摘は大切だが、報告書の取り上げ方には、実態を知らない安易な評論を思わせるものがある。

2 プロフェッショナリズムの確立
 プロ意識は自衛隊のあらゆる職種で従来から言われてきたことだ。その追求にはある種の倫理観と自律が伴うものだが、それが全てに優先することとなると全体的な規律違反に繋がることになりかねないこともある。
 この報告書で述べるプロ意識の確立とは、そのようなプロ意識とは違っている。ここで言うのは、防衛という仕事の大切さを認識し、責任感を持つことである。これはプロ意識の確立というより、任務意識の確立であり、それは個々の業務において、自衛隊では今までよく言われてきたことだ。
 ここで言っているのは、防衛は大切な仕事であることを認識せよということだ。それなら日本の政治、社会の防衛認識に関する歪の是正を提案する方が適切ではなかろうか。報告書は、そのために、幹部の幅広い視野を養う教育と、他の省庁への出向や一般大学での教育が必要としている。これは防衛省・自衛隊が閉鎖組織であり、幹部の意識構造が社会から離れることを是正するために必要というならその通りだが、プロ意識の確立のためというのは、違うのではないか。プロ意識とは、
外とは違う特別な所にいることの誇りが底にあるものだからだ。
 隊員についても基礎的な教育の充実と共に、各部署における業務量と人員配置がバランスを欠いていることを見直すことが必要としている。業務の質と量と人員配置の問題は、技術の進歩とともに絶えず見直すことが必要だ。しかし、現在の自衛隊で深刻な問題は定員と現員との格差であり、それに頬被りしてこの問題を論じるのは、不道徳であろう。
 情報漏洩については、基本は、わが国に秘密保護法、スパイ防止法がないことにあり、それに言及しないで防衛省・自衛隊の内部の問題だけを論じるのは、目を本質から逸らすものだ。

3 全体最適をめざした任務遂行優先型の業務運営の確立
 この提案は一見尤もらしいが、一般論としては、何層にも枝別れした下部組織の各分野が、全体最適を目指して業務運営するというのは、組織の在り方としてあり得ない。下部ではそもそも自己の関係する業務に関する情報しか持っていない。
全体に関する情報は持っていない。下部組織の各々の主張が上部に上がっていく過程で調整され、全体最適に至るのが、トップ・ダウンではなくボトム・アップの日本の組織の在り方だ。
 歴史ある省で「局あって省なし」とよく言われたが、セクショナリズムが日本のシステムの悪いところでもあり、農民文化と言われる日本の特徴かもしれない。
 報告書のこの部分では、全体最適とは関係のない業務の改善方法が多く語られている。本来述べたかったことは、三自衛隊間の調整が難しいことかもしれない。
 まず全体最適について考えよう。全体最適とは何か。全体最適は誰が考えても同じものなのか。人によって考えが違うから政策論争がおこるのだ。政治の場での政策論争は、実態は権力闘争が多いようだが、本来は、日本全体における全体最適が何かということだろう。
 防衛庁・自衛隊は、全体最適でなく部分最適を重視する組織文化だというが、全体最適は何かということが必然的に一つとならない以上、防衛省・自衛隊に全体最適を重視する組織文化を作れというのは、おかしいのではないか。
 防衛省・自衛隊で、陸、海、空自衛隊はそれぞれ独立の官庁のようなものだ。部分最適というのは、官庁間の争いのようなものだ。陸・海・空が其々大切と考えるところを主張し、それをトップの考える全体最適のために調整するのは、トップとその
直接の幕僚の仕事だ。一般的には、日本の官僚機構では、意思決定がボトム・アップで行われるので、ボトムから上がっていく間での調整が大変だが、トップに到達したときは、トップの決断は必要がなくなっている。防衛省・自衛隊は各々独立官庁のようなものだから、各自衛隊の中での意思決定過程は同じことと思われる。陸・海・空間の調整が難しい。かつては、
内局における調整でそれがなされていた。今全体最適が問題とされるのは、それが行われなくなっているのではないか。
そうだとすると、歴代長官、大臣の意向でそうなってきたのだろう。
 全体最適が求められるなら、防衛戦略があってそれに対する全体最適は何かということだ。防衛戦略がなくて、全体最適を問題とするのは、神様が無いのに宗教施設を論じているようなものだ。ピントがずれる以前の問題だろう。
 しかし、各自衛隊における問題は、職種出身の人が職種の利益を重視することで、部分最適がまかり通ることにあるように思われる。それは職種の主張が大切と身に刷り込まれているからだ。それはやむを得ないし、下位の幹部ではそれでよいともいえる。職種の弊害を打破する必要があるとすれば、それこそ頭の柔軟性を与える教育の問題である。
 同時にそれは人事の問題でもある。人事は、上位に行くほど、陸・海・空とも旧海軍のハンモック・ナンバー主義によるところがある。また、主要職種に属する人は数が多く、学校の成績もよいから、重要なポストに付き、重要なポストで多数派となる。人事が時の必用に応じて柔軟に行われることが大切ということも旧軍の反省ではなかったろうか。
その他業務運営の改善方法などが述べられているが、省略する。
以上                                                                       続く


虎ノ門戦略研究所 理事長 関 肇