防衛省改革会議報告書 1その目的と結論の無関係

 首相官邸に置かれた「防衛省改革会議」は7月15日「不祥事の分析と改革の方向性」という報告書を福田首相に
提出した。防衛省は、これを実現するため全力を挙げるとしている。
 この報告書は、この数年防衛省・自衛隊で起きた不祥事の主要5事案を中心に分析し、不祥事の再発防止には、「規則順守の徹底」等の三原則が必要とし、更に、不祥事を起さないだけでなく、日本の安全と独立を確保する為には、組織面での改革が必要として、具体的な組織改革を提案している。しかし、報告書の提案する組織改革は、不祥事の再発防止とは全く関係ない。再発防止に役立つとは思えない。不祥事再発防止に必要とする三原則からも、組織改革の必要が出てくるものではない。日本の安全と独立を確保する為に組織面での改革が必要なら、それは不祥事の再発防止とは別の検討事項だ。
何故そんな報告書が出されたのか。
 報道によると、かねてより石破防衛大臣は組織改編を望んでおり、一連の不祥事対策、特に装備品の調達改革の為の
会議のテーマに、それを組み込んだ。しかし、石破案には反対が強く、総理の意向で五百旗頭防衛大学校長による折衷案が作られ、それが木に竹を接いだようなこの報告書となったという。
 防衛、安全保障関係について作成される文書には後世恥となると思うものがあるが、これもその一つではないだろうか。
 まず、組織改革が不祥事再発防止の改革と関係ないことについて述べよう。
不祥事として取り上げられた主要事案は、
(1)03年5月、米補給艦に自衛艦が給油した時、給油量が間違って報告された。海上幕僚幹部の担当課長は、間違いに
気がついた後も訂正しなかった。
(2)03年から06年まで、自衛隊員のパソコンから情報流出が続発した。(3)海上自衛隊でイージスシステムを教える
教官が、イージス艦の特別防衛秘密を無断でコピーし、教育の受講者(自衛官)に渡し、受講者の間で秘密が拡散した。
(4)「あたご」衝突における基本動作のゆるみ
(5) 前事務次官の私的利益の追求 の5事案だ。
 他方、組織改革として挙げているのは、首相官邸の司令塔機能の強化、防衛参事官会議の廃止と大臣補佐官の設置、
防衛会議の法律上の位置付け、防衛政策局、予算調達等の管理部門等への自衛官登用、統幕の機能強化のため
運用政策局の廃止と統合運用体制の確立等々である。
 不祥事として取り上げられた事案は、どれが組織改革と結びつくのだろうか。ここに挙げられた不祥事は、現組織のなかでも改善され得るし、改善されなければならない。他方組織改編をしても、それが改善の契機とはならないし、不祥事は起こり得る。
 事案(1)は、間違った報告自体が規律の緩みだが、間違いが判明しても報告がないというのは、組織の在り方として理解できない。これは個人の問題なのか、組織の問題なのか。それが厳しく調査されるべきだろう。個人の問題なら、騒がれているような政治優先の原則違反ではない。しかし、海上自衛隊の独善体質によるものなら問題だ。不祥事案として騒ぐ以前に、防衛省はこの事件を調査すべきだろう。それが直ちに政治優先の原則違反とはならなくとも、なっていく体質を作る基となるものだ。防衛庁は強力な観察組織まで作ったではないか。
 海上自衛隊では、航海日誌の改ざんや規則上許されない日誌の破棄が、広汎に行われていたとの報道もあった。それが組織の緩みなのか、自分達の組織保全のためなのか。規則違反が常態では、どんな組織でもまともな仕事はできない。
生命を賭した戦闘行動など論外だ。これは海上自衛隊にとって、組織の基本に関する問題だ。しかし、それは、この報告書の提案する防衛省中央の組織改革とは全く関係ない。
 事案(2)と(3)は、パソコンを扱う人々のパソコン・データに関する秘密保全意識の欠如だ。これは他の公務員に間にも広くあったように思われる。多量の情報を保有したいのは、人間の本能のようなものだ。パソコンによって個人が多量の情報を保有することが可能となった。しかし、それに伴う情報保全については安易な意識が通常だったとしたら、それは、自衛官だけの問題ではない。日本人の秘密保護意識に基本的な欠如があるからだ。それは、国家に、死刑も含む強い罰則を伴う
秘密保護法やスパイ防止法がないことが根底にある。自衛隊員は、生命を賭して任務を遂行することを誓う特別な職業だ。しかし自衛隊員も日本人である。日本人全体の意識構造から離れた別の存在ではあり得ない。教育は必要だが、教育だけでは不十分だ。日本に法がないことが国家の欠陥である。不祥事を起こさせない根本は、国家の欠陥を是正することだ。
 報告書がこの問題に触れていないのは、問題を防衛省・自衛隊の中だけで解決しようとするもので、それでは、有識者を集めて会議を作ることに意味があるといえるのか。そして、これが報告書の提案する組織改編と関係ないことは言うまでもない。
 事案(4)も中央組織の問題ではない。「あたご」の事故は、漁船側にも問題があったと思うし、その外にも問題はあろう。
「あたご」の見張りに緩みがあったのは間違い無い。しかし、観艦式に便乗した人々が皆言うのは、過敏なほどに慎重な
見張りの態度である。「あたご」の事故で、見張りが一般的にゆるくなっているとは思えない。私には、この報告書が見張りについてそこまで広い調査をしたとは思えない。「あたご」の事故だけを問題とするなら、事故調査委員会で十分ではないか。
現在は平和時であり、日本の現状では私的経済活動が公的業務に優先することを変えることは出来ない。それなら、
このような朝の最も暗く、疲れが貯まる時期に、また漁船が出漁する時間帯に、このような海域を運航することを考え直すべきではなかろうか。どこかで仮泊し、最も安全な時間帯に航行することを検討するよう勧告したらどうか。朝の時間帯に航行する訓練が必要なら、訓練として行えばよい。自衛隊は、漁船ではなくテロを狙った船だったらどうだったかを心配すべきだろう。
 「あたご」の事故では、事故後の広報の態勢に問題があったというべきだ。色々な人が多くを語り過ぎた。本来事故については、内容が判明してから詳細を発表すればよいのだが、今日、それは許されない。マスコミは現地で、一部の細部に関してセンセイショナルな報道をする。国会でも細部に拘泥した質問がある。警察なら捜査中ですむし、昔の軍なら調査中ですんだだろう。しかし自衛隊にはその権威はないし、他方あら探しばかりが横行する。 今まで同じような失敗が繰り返されてきたのではないか。この報告書は、そのための組織を作ることを提案している。問題はそういうことだろうか。むしろ、事故の情報は、組織の中間結節が手を加えることなく、直ちにトップまで上がるようにすることだろう。それは有事の情報でも、情報に
よっては同じだろう。情報は、組織の中間結節を通る間に、善意にせよ、中間結節の解釈や判断が加わるものだ。まして
組織防衛のための情報加工が行われるようなことがあると、どうしようもない。
 その情報の中に或いは多数の情報に矛盾があっても、矛盾はそのままにして上げる。そして、事故の場合、トップの目と
なる幹部を現場に派遣し、トップの疑問もその幹部を通して明らかに出来るようにする。通常の組織による情報伝達も
機能させ、二重に情報が上がるようにすることだ。その内容の矛盾の判断と公表はトップの責任だ。下から上げられたものをただ読むだけのトップはいらない。
 そして、報道に対応する部署は限定し、すべてそこに行わせることだ。これも組織を新しく作るというより、現行組織の運用の問題だ。
 さて、事案(5)は、個人の問題だ。どんな組織にせよ、残念ながらこのような人は出る。組織いじりとは全く関係ない。
他官庁でも同様な事務次官の問題はあったことがある。しかし組織や制度の問題とされることはなく、個人の問題として
処理された。防衛省は、これまでも不祥事があると組織、制度の改変が行われた。防衛省だけが組織や制度がいじられる
のは、防衛省がそれだけ弱体なのだろう。
 報告書は、続いて、不祥事対策や組織改編について述べている。これらについては、続いて書きたい。
                                                                       続く
 
虎ノ門戦略研究所 理事長 関 肇