米国の拉致放棄と同盟関係の本質
1 拉致問題の放棄
米国は、北朝鮮に求めていた核計画三点のうち一点の申告だけで妥協し、20年ぶりに北のテロ支援国家指定を解除すると決定した。同時に、敵国通商法適用も除外する。日本の拉致問題は放棄された。そもそも議題に上がっていなかったのかもしれない。北は、核兵器は廃棄しないだろうと言われている。
北のミサイルは、核はまだ搭載不能だし米国に到達できない。現時点では米国にとって脅威ではない。米国は、核技術の拡散防止を最優先にしたといわれている。それにはミサイル技術の拡散も含まれているのだろう。米国がその外に指定するテロ支援国家のうち、イラン、シリアは核とミサイルの開発疑惑があり、北からの技術提供が問題とされてきた。中東の不安定を増大させるその危険の方が、差し迫って重大と判断されたのだろう。
外交の背景は力だ。米国は、イラク、パキスタンで戦後処理を誤り、イラク、パキスタンの現政権は自立できていない。テロ対策のために米国は力を削がれている。北を破滅させるだけの軍事能力は持っているが、その後の処理について米国は力を割く余裕がなくなった。金政権破滅による混乱は、中国、韓国も望んでいないだろう。中国も混乱した北の内政に手を出す余裕はない。北を軍事的に叩くという選択肢は無くなったのだ。
イラク攻撃の前なら、政権と核施設を軍事力で一挙に叩くとことも、選択肢として現実的だった。
それをちらつかせれば、北も妥協を強いられただろう。しかし今はそうではない。北の立場は強くなっている。
一方、ブッシュ大統領は、来年一月の任期終了を前に、失敗続きの外交政策に成果を上げたい。北への大幅な妥協は、
そのためだったと言われる。米国の政権末期には、よくおこることだ。
日本には、拉致門題で米国に裏切られたとの気持ちが充満している。米国は、世界で強まる反米ムードが日本にも広がるのは困るので、米高官等達は、拉致問題は忘れないとの発言を繰り返している。だが、リップ・サービスに過ぎないだろう。
拉致問題は六カ国協議のテーマにすると言っているが、直ちに中国は拉致問題は二国間問題なので当事国間で交渉すべきと主張し、六カ国協議開始の協議は進まなかったとの報道もあった。もともと、米国のヒル六カ国協議首席代表の頭では、拉致問題は邪魔でしかなかったと言われている。
拉致問題の解決を他国に頼むのは、今日の国際社会で主権国家としてはおかしなことだ。日本は、六カ国協議の枠外になっても、独自の経済制裁などで北と闘わなければならない。北の望む経済協力が出来るのは日本だけと言われるではないか。
米国は、最初、北との二国間交渉はしないとしていた。しかし北との交渉が進展しないと、協議は二国間となり、六カ国協議は開かれなくなった。二国間協議で妥協が成立したので、それを了承するための六カ国協議が再開される。民主党の小沢代表は、こうなったことについて、福田政権の対米外交を批判したと報道された。民主党が政権に就いていても同じだったろう。
2 同盟の本質
国家は基本的に自国の利益のために動く。国家間には、お願いして好意で何かしてもらうという甘い関係はあり得ない。
あるとすれば、植民地と宗主国の間だ。
経済関係では自由主義国家間は自由貿易が基本だ。自由貿易は競争で、競争は弱肉強食が本質だ。旧ソ連圏では、コメコンによって国際分業に基づく生産割り当てを行う計画経済を行った。しかしそれは失敗した。中国の発展も、共産主義ながら自由主義的経済を実施しているからだ。自由は弱肉強食であっても、経済は自由競争が望ましいのだろう。
同盟の本質は安全保障だ。米国は、ソ連の太平洋に対する出口を塞ぐ日本の地政学的立場から、日本の確保は
重要だった。しかし、仮に第三次世界大戦がおきたとしたら、米国は西欧の防衛を優先するだろうから、一次的に日本を
放棄する可能性は大きかった。放棄に先立って日本の工業力や防衛力を破壊したかもしれない。第二次大戦でドイツに
降伏したフランスの海軍力を英国は爆撃し、破壊したのだ。
そして、西欧で優位に立ってから日本を解放することになっただろう。ソ連の支配下に入った日本が解放されるのは望ましいが、しかし日本としては、ダブル・パンチを食うことになる。
だから日本は、米国が日本を放棄しないには、何をしたらよいのか、考えて置かなければならなかった。しかし、そんなことは考えられもしなかった。
大国との同盟、国家間の関係はそんなものだ。しかし、安全保障が重要である間は、経済的対立なども決定的にしないと大国も考えるだろう。しかしソ連は崩壊した。日米安全保障条約があるから、米国は日本を助けると安心していてよいのか。例えば、尖閣列島で日中が争うような事態が起こったら、米国は日本を軍事的に助けるだろうか。同盟関係が重要と
声高々に歌い上げる時は、同盟関係が危なくなっている時だ。
大国と小国の同盟では、小国は大国に振り回される。米国は、中国と国交再開の時に日本に通報さえせず、当時の佐藤首相はカンカンに怒ったと言われる。同盟国間でも相手に自国の意思を尊重させる為には、そのための梃が必要だ。
日本はつい最近も、それを経験したではないか。
従軍慰安婦の米下院決議が行われた時だ。日本は反対のキャンペーンを行ったが、成功しなかった。当時米下院では、
トルコのアルメニア人虐殺非難の決議が同様に行われようとしていた。トルコは猛反発し、イラクでの米軍活動に協力しないとの主張も出た。
トルコはNATO加盟国で、米国とは軍事上の相互協力協定も結んでいる。米国は、港湾、空港の利用を始めトルコ経由の補給が出来なければ、イラクでの活動に決定的な不都合が生ずる。米国は、下院でのトルコ非難決議を行わなかった。
フランスはトルコ批難の決議を行った。米国は出来なかった。それは、トルコが自国の意思を通す梃を米国に対して持っていたからだ。日本もインド洋での給油など米国の活動に協力している。しかしそれは梃にならなかった。
しかし、日米同盟を放棄して日本防衛が可能なのか。そうなって自由主義諸国の中で孤立し、爪弾きされたら、その不利益は計り知れず大きい。
英国はNATOの一員だが、ヨーロッパ諸国とは対立もあり、米国が最大の同盟国だ。歴史的関係もある。しかしそれでも、英国は、首相が代われば米国と協調することを表明し、実行している。それが米国に対する梃になるからだ。
日本は同盟国として必要なことをしているのか。例えば米国軍艦と自衛艦が並んで航行している時、米艦が攻撃されても、自衛艦は米艦を守ることはできない。集団的自衛権が憲法上行使できず、米艦防護は集団的自衛権に反するとされているからだ。
米イージス艦がミサイル防衛の任務についていたとする。ミサイル防衛についている時は、イージス艦は自艦の防空は
できない。敵ミサイルは、日本を狙うミサイルかもしれないし、米国を狙うミサイルかもしれない。日本の自衛艦は、
日本を狙うミサイルであることが明確でないと、米イージス艦を守ることはできないのだ。おかしくはないか。
このような集団的自衛権の解釈は日本だけで世界にはない。
阿倍内閣の時発足した懇談会が、そのような場合、自衛艦がイージス艦を守れるように憲法解釈を変更すべきという
報告書を提出した。福田首相はお蔵入りにするようだ。福田首相の考えの基本に問題があるように思うが、野党とのねじれ国会の中で、火種となるような憲法解釈変更はできないともされる。小沢党首に勝手なことを言う資格はない。
このような日本で、米国に圧力をかけるため梃という発想など出る余地すらないかもしれない。しかし国際社会と同盟の
本質を考えて内政を整えないと、日本の将来はどうなるのか。金だけ稼いで振りまけば何とかなるという時代は、過ぎた
のでなないか。例えば、資源不足で資源囲い込みの時代となると、金だけでは資源が入手できなくなるのではなかろうか。
以上
虎ノ門戦略研究所 理事長 関 肇