■ チベットは中国の内政か 3

(4) 福田首相
 多数の犠牲者が出ているのに、「声高な批判が適当か」と言った福田首相だが、四月に入り胡錦涛主席の
来日が決まった後、18日の中国外相との会談の席で、「国際的な問題となっている現実を直視する
必要がある。解決のため全力を尽くしてほしい」と要請したという。初めのうちは問題とせず、来日が決まって言い出すのは、ジャンケンの後出しのようにも見えるが、チベット人弾圧を非難しているのでないから、そうでも
ないのだろう。自由主義を大切にする国で、中国の弾圧を問題としないのは日本だけだ。福田首相は、そもそも人権など頭にないのか、中国に阿っているのか。
 自分の意見がなく、周囲が喧しくなると、マアマア、皆さんの言うことも聞いた方が良いではないですか、と言うのは、如何にも日本的なような気もする。しかし、それが全ての日本人ではない。

 歴史を振り返ると、日本には人種平等を主張した輝かしい歴史がある。古くは、明治5年、横浜に寄港した
ペルーの船から船内での虐待に耐えかねて逃げ出した中国人労働者を日本が保護した事件(マリー・ルース号事件)だ。(私の記憶では、中国人奴隷の運搬船から奴隷が逃げ出して奴隷運搬船と判明し、当時奴隷売買が国際的に禁止された時で、国際社会に乗り出したばかりの小国日本だったが奴隷を解放したというのだが、
念のため国際法辞典を調べると、上記が書いてあった。)
 また、ナチの迫害から逃れたユダヤ人を保護したのは、杉原千畝氏だけではない。ハルピン特務機関長の
樋口季一郎少将(当時)とその部下安江仙弘大佐だ。二人は、1938年(杉原の二年前)、ソ連経由で満州の国境に次々にたどり着いた二万人に達するユダヤ人の入国を許可し、援助を与えた。軍人として当然ながら、自分達の判断でしたことでなく、上司、関東軍参謀長東条英樹の許可を得ている。
 東条参謀長の許可の背景には、当時日本が唱えていた「八紘一宇」の精神が、人種差別を認めない
ことがあった。東条参謀長は、ドイツからの抗議を「人道上の配慮」と一蹴したという。その年の12月、日本は、首相、陸相、海相、外相、蔵相による五相会議で、ドイツのユダヤ人迫害は、日本が多年に渡り主張してきた
人種平等の原則に反すること、ユダヤ人を他国人と同様に公正に扱うことを決定した。ユダヤ人は戦争中も
好意的に扱われていた。 日本は第一次大戦後のパリ平和会議で、国際連盟規約に人種平等の原則を入れるように主張し、植民帝国である西欧列国により拒否された。猛反対の先頭は、理想主義者とされる米国のウイルソン大統領だった。
 樋口、安江の二人の名は、杉原と共に、ユダヤのゴールデン・ブック第六巻に記されているという。東条の名も記されるべきだが、記載の要件の一つであるユダヤ人との交流が東条元首相には無かった。東条元首相は
ユダヤ人と会ったことも無かったという。
 東条元首相は極東裁判では立派だったが、戦時中は評判が悪かった。特に今日民族派とされる人達には、政治的迫害の為に評判が悪かった人だ。
また、杉原氏は、日本外務省の方針に反し自分の裁量でビザの支給を行ったとされているが、それは間違いで、本省の方針に従ったものだという。その証拠に、ビザ発行に疑義がある時は本省に許可を求め、その公電が外務省に残っているという。彼が戦後退職したのは、定員削減のためで、外務省の方針に反したからでは
ない。 以上は、ユダヤ人のラビ(指導者)トケイヤー氏「ユダヤ製国家日本」(徳間書店)による。私欧米人を
見ると誰がユダヤ人か分らないが、日本の発展に助力した人に欧米人にはユダヤ人が多く、またイスラエル
建国は日本が手本だったということだ。氏は、「今の日本は記憶を失って漂っている」と言うが、この本は日本人が知っていて良いことが多く書いてある。しかし、「ユダヤ製国家日本」というタイトルは全く気に入らない。親日家の氏に、本の表題を改めることを進言したいものだ。

 善光寺が聖火リレーの出発点となることを辞退した時、福田首相は、「皆が楽しむというものなのにねえ」と
言ったという。オリンピックは平和の祭典で、政治にかかわらないのが原則だ。しかし現時点で中国での
オリンピックは、中国の国内、国際両方の政治問題となっている。各国での聖火リレーの抗議行動、それに対する中国人達の行動もそうだ。この事実を福田総理は認識しないのだろうか。
 ダライ・ラマが米国へ行く途中日本を経由した時、阿倍前首相夫人達が面会した。その時外務副大臣は、
政府関係者は誰もこれまでダライ・ラマと会ったこともないし、会うつもりもないと語った。
 何でここまで中国に媚びる必要があるのか。胡錦涛の来日も、中間線の油田開発をはじめ日中の懸案は
何も解決しない。政冷経熱だった頃と、実態は何も変わらないではないか。

(5)国内仏教家達は?
 長野の聖火リレーでは、善光寺は出発点となることを断った。善光寺では聖火リレーの当日、今回の騒乱で犠牲となったチベット人の法要が営まれたという。善光寺では意見が分かれたが、結局、信仰を大切にする
意見に傾いたようだ。救われたような気がする。
 信教の自由に対して、国内では靖国問題などには的外れなほど敏感な宗教家が多くいるが、彼らは
国際問題に対しては全く無関心だ。しかも最近仏教関係者が共産中国に迎合的になっているという。
「中国を内部から揺さぶれ」(「正論」2007年9月号 政治学者殿岡昭郎)によると、中国の強い働きかけの
結果、日本仏教界の「親中化」が大変進んでいるという。李登輝氏が先般来日した時も、中尊寺は中国に
遠慮して氏を来賓として扱わず、車の乗り入れも拒絶したという。それは、直前に中国仏教協会、
中国国家宗教局の要人が日中友宗教者懇話会の日本側の案内で中尊寺を訪れ、李氏を特別扱いしたら
今後の交流は中止すると通告したからという。この親中派、媚中派は、さすがに神道を除くが、仏教界だけではなく、キリスト教、新宗教の各方面に増大しているという。
 今回の善光寺は、良心を取り戻したものとして安心した。この心が広がってほしい。

(6)平和の祭典ですむのか
 今回の騒動で、チベット人に同情するのとオリンピックは平和の祭典だから抵抗運動など止めるべきとの二つの意見があるように見える。平和の祭典を重視するのは、自分たちが平和に安住しているからだ。信じる宗教を否定され、寺院、仏像が破壊され、僧達が弾圧され、自治が侵されている状態で、平和の祭典を守れと言うのは、平和ボケだ。戦う手段を持たない人達が、オリンピックを自分たちの主張を世界に訴える機会としても無理はない。彼らには他の手段がないのだ。
 今後中国国内の聖火リレーがどうなるか。中国政府は、あらゆる手段で妨害を排除しようとするだろう。
決死の者に対して成功するだろうか。そして、世界のマスコミを全く排除することは、中国政府には出来ない。中国が開かれた国と見せる政治目的が否定されるからだ。
 先日来日した新疆ウイグル地区の亡命者組織、世界ウイグル会議のラビア・カーディル女史は、チベット人と連携すると語ったという。女史は、新疆ウイグル地区の出身で、経済で大成功したが、ウイグル人への抑圧に反対して、全て剥奪され、投獄され、米国に亡命した人だ。モンゴルでも同様な動きがあるかもしれない。
これからどうなるか。
 また、オリンピック中の中国観客の熱狂が心配されている。それが制御できなくなり、反政府に変わることを
恐れているのは中国政府だ。中国内部の色々な矛盾は、その下地を作っているからだ。
以上
虎ノ門戦略研究所 理事長 関 肇
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