

■虎ノ門戦略研究所
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■■■テロ特措法・民主党の公党としての見識(2)■■■
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平成19年10月9日
3. 安保理の謝意決議
9月19日、安保理はISAFの任務を一年間延長する決議を、ロシアの棄権を除き、一致して採択した。その前文でISAFとOEFを含む国際的な努力を継続する必要性を強調し、ISAF及び海上阻止部門を含むOEFに対する多くの国の貢献に謝意を表明するとした。そして米国の国連大使は記者団に「関心を持つ安保理理事国は海上阻止行動への貢献をめぐる日本国内の論議に留意し」「これは安保理が活動の重要性を強調し、日本の重要な貢献への謝意を示す機会だ」と述べ、日本への配慮を明確に認めたという。ロシアの国連大使は、説明が不十分と述べ、「加盟国の国内事情が優先された」と不快感を表明したという。
これについて政府・与党は継続が国際社会の意思であるとしたが、小沢氏と民主党は謝意では明示的な国連決議とは見なせず不十分だと述べている。小沢氏は「本質的話ではないじゃないか。憲法に違反する話を『謝意』でごまかすなんてことはあり得ない話だ」と言ったという。また自民党でも石破防衛大臣は「給油活動を決議で正式に承認したとは言い難い」と述べたという。
この謝意決議は自民党の求めにより安保理が日本の給油活動を承認するよう日本が働きかけたからという。安保理が日本一国のためにそのような決議をするとは考えられず、そのため謝意決議となったと思われる。しかし、日本の国内事情を国連に働きかけるというのは、これも国家と国際社会の違いが念頭にないようで、そのこと自体が不見識だ。
一方、OEFに部隊を派遣している11か国の駐日大使が駐日パキスタン大使公邸で会合を開き、インド洋での給油活動に「多大な謝意」を示すとともに、OAFの継続に不可欠として給油活動の継続を求める声明を発表している。これも国際社会の強力な要望である。
民主党はこのような国際社会の要望を全く無視し、安保理の明示の承認がなければダメとするのは、安保理をお上とし悪いことをするのだからお上が文書で認めてくれなくではイヤ、と言っているように見える。
日本には国連信仰のようなものがある。米国に追随するのは嫌だし、といって独自に判断する自信がないということなのか。しかし、そもそも国連とは何なのか。先ず発足の経緯をみよう。国連は、第二次大戦の末期に、「連合国」という軍事同盟が敵国である枢軸国(日、独が中心)を念頭に、戦後の現状を維持するために軍事同盟の組織度を高めて国際機関を作成したものだ。したがって日独を対象とした敵国条項があり、現在でも存続している。(この条項を日本が問題にしないのは不思議なことだが。)国連加盟国は、第二次大戦の結果としての現状維持に反するとの理由があれば、国連の統制を受けずに、日独に対して武力攻撃してよいこととなっているのだ。国連憲章作成の会議に招聘されたのは、1945年3月1日までに枢軸国に宣戦布告した国であり、中立国や非交戦国は除かれている。日本人の多くが錯覚している「国際社会が第二次大戦後に恒久平和のために創設した全世界的国際機関」というのは完全に誤りだ。国連は連合国側が勝利後の現状を維持するために作られた機関であり恒久平和を目指す機関ではない。また世界政府が将来できるとしても、国連がその第一歩というものではない。
そして小沢氏の好きな安保理は米英仏ソ中(発足当時は、中華民国の中で現中国ではない)が戦勝国のうち5大国として(中国が入るのは、戦争の経緯や大国という点ではおかしいがアジアの国という意味で入れられた)自らの利益に反することは安保理では絶対に行われないように拒否権を持つ常任理事国となることで作られた。常任理事国が反対することは制度的にできないのだ。
国連は51か国で発足したが植民地の独立やソ連崩壊で国家が増え、加盟国は2006年6月末でモンテネグロが加盟し、192か国となっている。当初戦勝国クラブだった国連は国連憲章に記載された原則を履行し、和を愛好する国家は加盟が認められるということで世界の殆どの国が加盟することとなった。(なお、国連については日本の分担金は、英、仏、中、ロの合計を上回っていたが2007年以降ようやく下回ることとなった。それでも米国に次ぐ第二位であり、それでいてそれに見合う発言権はない。分担率は、常任理事国の中国が2.667%に対して16.624%だ。日本の分担金負担は国連では軽侮の目でみられていると言う人もいるが、外務省はそれを維持したいらしい)
国連としては、国際の平和と安全の維持は安保理が主要な責任を負うが、そのための地域的取り決めや国際組織は、当初は冷戦のためもあり、国連の枠外で作られた。NATOはその典型である。冷戦終結後もそれは基本的には代わっていない。冷戦後ごく小さな国について多少の成功例もあるが失敗の例も多い。国際の平和と安全の維持に責任を負うことができないのは国連の本質によるものだ。国連には行政的分野で成功している専門機関もあるが、国家間の政治的に重要な問題は国家間の間だけで交渉されるものであって、国連の場では取り上げられることはない。G8も国連無視の典型だが、最近の自由貿易協定(FTA)なども国連の枠外での話だ。国際政治について国連は一般的合意を模索するだけのフォーラムに過ぎない。主権国家はそれぞれ独立し、自衛権を持っており、主権の一部を国連に移譲するような国家は考えられない。EUなどとは性格が全く異なるのだ(国連については、PHP新書 色麻力男「国際連合という神話」が参考になる)。このような国連の安保理のお墨付きにどのような有難みがあるのだろうか。明示の承認が何故必要なのか。「皆で渡れば怖くない」というなら謝意決議で十分ではないか。
4. 小沢党首と民主党の真意
小沢党首と民主党は何故こんなに頑ななのか。それはこの問題を政界用語でいう政局にしたい、即ち権力闘争を現実の場に持ち込む手段としたいからなのだ。国連や国際社会が給油活動を求めていようといまいと実は関係ないのだ。この問題で政府を追い込み、衆議院の解散に持ち込みたいのだ。小沢党首は、参議院で多数を取ったので、衆議院でも多数を取ろうと賭けに出たいだけなのだ。だからその賭けに失敗すれば、政治生命を賭すると言っている。小沢氏はこれまで政党を作っては小さくし、勢力としては弱小化の方向に進んできた。戦いの最後のチャンスと思っているのかもしれない。それは政党人の欲求として尤もだとも言えよう。しかし公党の党首として、国際社会における日本の立場よりも党としての権力闘争を優先していいのだろうか。国内問題と国際問題は別の次元のこと考えるべきだ。国家の存立の場が国際政治だ。権力闘争を国家の利益に優先するような党首や政党に国家を任せてよいのだろうか。
国際協力はアフガン問題だけが孤立して存在するのではない。例えば、インド洋は我が国のシーレーンとして死活的に重要だ。中東の石油の四分の一は日本が輸入しているが、テロが日本のタンカーを狙うことも充分ありえる。その安全について我が国は何もしていない。その安全は米国に依存しているのだ。アフガン問題はアフガン問題だけと見るのは間違っている。国際関係は本来全体の関係の中で見るべきものだ。それができないのは、縦割りの官僚組織の中でしか思考ができない官僚の発想と同じではないか。或いは平和ボケの日本は、起こってからでないと何もできないのか。
小沢党首と民主党の見識とは何だろうか。
(以上)
虎ノ門戦略研究所理事長 関 肇
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