

■虎ノ門戦略研究所
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■■■人はパンのみにより生きるにあらず■■■
−−− 元自民党幹事長のお粗末 −−−
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平成19年2月23日
某紙に「安倍首相に檄」という題で5人の意見が大きく掲載された。閣僚の不適切発言が相次ぐなどして、安倍内閣の政権基盤弱体化が取りざたされる中、安倍総理への期待から作られた記事のように見える。その中に、ここまでひどいのかと驚いた発言があった。数年前自ら議員職を引退した元自民党幹事長で、現職ではないが未だに政界の裏で蠢く一人とされる人物の発言だ。
それは「・・・一方で、安倍首相は憲法改正を大目標としているが、憲法と教育と自衛隊ではメシは食えませんよ。まずは国民に希望を持たせることだ。・・・」と言う一節である。
国民が希望を持つのはメシが食えることだという意見だ。「武士は食わねど高楊枝」どころではない。人間の希望はメシを食うことにあるというのだ。我々には精神よりもメシが大切なのか。馬鹿にするにもほどがあるではないか。
「自衛隊ではメシは食えない」を云々する前に現実認識すべきことは、日本自らの安全保障努力は国民生活の維持向上とは関係ないのかということだ。簡単な例として北鮮のテポドンが数発射され、東京その他で爆発したとしよう。それだけで円の価値は下がり、契約は破棄される等、日本の信用は経済的信用も含めてガタガタになるだろう。仮に米国が反撃してくれても信用の低下は否めない。或いは、尖閣列島や油田問題で日中関係が悪化して、マラッカ海峡から日本への通商路が阻止され、輸出入が数ヶ月停止したらどうなるのか。今日の飽食はおろか、多くの人はメシが食えなくなるではないか。
たしかに独立以来、日本の安全保障は米国に依存してきた。それは現在も同じといえる。しかし特に最近では自衛隊の働きが米国による保障を確実にしているのも事実だ。例えば、北鮮との6カ国協議の後、ブッシュ大統領は安倍総理に「日本の拉致問題は良く理解している。日本を置き去りにすることはない」との趣旨の電話をしてきたという。その背景にはイラクへの自衛隊派遣が米国の日本支援に大きく影響していることがある。北鮮に対して日本はこれまで経済も含めた実力による圧力を殆どかけ得なかった。そんな日本を北鮮は基本的に相手にしていない。中、露、韓の三国も拉致問題で日本を支持する気は元々ない。頼りになるのは米国だけで、米国もまた自国の利益との関係で日本を支援してだけなのだ。
更に、北鮮がどんなヒョロヒョロ弾でも米国に到達できる核弾頭ミサイルを保有したら、米国による反撃を期待するのは難しくなり、米国による日本の安全保障は脆弱化する。同盟は必要であるが、これからは日本自身による安全保障能力を確実なものにしておく必要が高まりこそすれ、低くなることはない。安全はメシの前提で、現在だけでなく長期的視野で安全を考えるのが政治の根本だろう。自衛隊ではメシは食えないというのは、他人の枠組みの中でしか生きることを考えず、その中で自分の要求だけを主張する人の言い草だ。独立自尊が心の底にないのは植民地で満足している人間だ。占領米軍が行なった思想統制がそのまま身についているのだ。自民党の幹事長をした人にこのような発言があるのは、自民党とは一体何だったのかということになる。それかあらぬか、この人は対北鮮宥和策でも知られている。
安全は形のうえでの軍備だけでは保てない。自衛隊員には国家に対する忠誠心が必要だし、国民には国家を大切に思い、国家を防衛する気概が必要だ。そのためには、そしてこれからの日本の発展を考えるためには、日本人が日本を大切に思うこと、すなわち、歴史と伝統を大切する心を取り戻さなければならない。そのために、どのような教育が必要かを明確にしていく必要がある。目先のメシより将来のメシを考えるのが政治だ。長岡藩の「米百俵」の話がもてはやされたのはその意味ではなかったか。「教育では食えない」というのは目先のメシしか考えていない訳だ。自己と目先しか考えない人間を作っているのが現憲法だ。「憲法ではメシが食えない」というのは、日本の将来など考えない、まさに現憲法で作られた人間の発言だ。
「まず、国民に希望を持たせること」が「メシを食わせること」だというのは彼の現状認識にせよ、人間への理解にせよ、あまりにひどい。彼は自分がそうであって、自己の栄達しか求めてこなかったのだろうが、こんな人が政治家になっているとは、日本の選挙民はどうなっているのだろう。格差の問題などあるにしても、歴史上、日本国民が今日ほど食の足りている時代はない。数十年前には日の丸弁当(白いご飯に梅干一つが入っているだけ)でもありがたかった。その前には占領下で白いご飯も食べられない時代もあった。日本が安全保障に失敗したからだ。その時代の人はまだ生きている。
現在日本には、ワーキング・プアなどの新しい問題も起こっている。これは米国などでも以前から問題となっていて、今日の豊かな社会の大きな問題の一つだろう。これらの問題が無視できなくなっている。政治がこれらの問題に向き合うことは大切だ。しかし、メシ(すなわち経済)が人間の生きる目的たりえるのだろうか。「人はパンのみに生きるにあらず」という言葉があるが、信仰の必要を意味するだけのものではない。宗教的なものでなくとも人は何のために生きているのかが大切だろう。それが何のために働くかにもつながる。メシが目標とは、この自民党元幹事長にはその認識がない。或いはよほど我々を馬鹿にしているのか。
この元幹事長は安倍総理の政治理念に反対で、現憲法体制を支持し、旧来の自民党の政治姿勢を好ましく思っているのだろう。「毒まんじゅう」という言葉で改革の流れを批判していたのも彼である。小泉前総理が「自民党をぶっつぶす」といった時、国民が何故あれほど歓呼の声をあげたのか。それを野党に期待できないこともあったが、彼はあの歓呼の声の意味を理解していない。いずれにせよ、あまりにお粗末だ。この記事を掲載した新聞は、安倍総理の政治理念の反対者とはどんなものなのか、カリカチュアとして示すためにこの人の意見を掲載したのかもしれない。そして、それは成功だった。
(以上)
虎ノ門戦略研究所理事長 関 肇
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