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■■■国防に必要なもの■■■
平成19年2月1日

1. シンセキ元米陸軍参謀総長と軍人の心
 ブッシュ米大統領は昨年の議会選挙で共和党の敗北後、イラクにおける米政策の誤りを認め、ラムズフェルド国防長官を更迭するとともに、米軍2万人の増派をこの一月決定した。テロリストや武装勢力を一掃しても治安維持のためには米軍とイラク軍の兵力が充分ではなく、武装勢力などが戻ってくる悪循環を防ぐことができなかったからだとしている。
 増派については現在賛否両論がうずまいているが、かつてイラク開戦前「イラクの占領政策には数十万人の兵士が必要」と発言したエリック・シンセキ陸軍参謀総長(日系)が、現在は沈黙を守っているのが注目されている。シンセキ氏は少数精鋭の軍による侵攻を考えていたラムズフェルド長官、ウォルフォウィッツ国防副長官等の反発を招き、その年の6月に任期を終え退役した。その後イラクの情勢悪化を受けて退役将軍らがラムズフェルド長官の辞任を求めても、シンセキ氏は公に発言することはなかった。シンセキ氏に対しては、なぜ参謀総長職を賭してでも抗議の辞任をしなかったのか、あるいは退役後も世論を喚起するためラムズフェルド長官への反対の声を公にすべきではないか、との批判もあるという。これらの批判には政治優先の原則に抵触する問題をはらんでいると思うし、さらにはマスコミの扇動的扱いは感心できるものではない。しかし、シンセキ氏は知人等に「兵士等がイラクで死亡しているときに批判はしたくない」と漏らしているという。

 これこそ真の軍人の言葉ではないか。シンセキ大将はベトナム戦争では二度負傷したという。軍人とは生死を賭けて任務を遂行しなければならないものだが、その軍人が仲間の兵士に対して思いやる心情がここに表れている。兵士の心情を最も理解するのは共に戦った兵士だ。短いマスコミの報道だけだが、シンセキ大将は本当の軍人といえる。その心は武士の心に通ずるように思う。今日マスコミにもてはやされれば、大衆社会の人気者となるし、今日の社会では多くの者がそれを求めている。シンセキ大将はそんな人気よりイラクで生死を賭して戦っている仲間の兵士の心情を大切にしているのだ。

 平和は大切だ。しかし人類の歴史において、また現在においても国家は戦わなければならない時がある。戦って成功すれば指導者は賞賛され、失敗すれば罵詈讒謗される。国家は敗北すれば勝者の意のままだ。いずれの結果となるにせよ戦場で戦う兵士は国家に尽すためただ黙々と任務遂行に励むだけだ。国家はそれを必要とする場合があること、それを理解し、勝っても負けても兵士に栄光を与え感謝を示す心がなければ、国防は成り立たない。そしてそれを支えるのが軍人の精神だ。

2. わが国はどうか
 これと比べて思い出すのは、イラクへの自衛隊派遣が決められた後のことだ。派遣決定後も「派遣は憲法違反」とする人達はあったが、その中に元防衛庁職員もいた。派遣隊員の父兄から「政府の決定に従って派遣され生命の危険もある任務に就くというのに、派遣は憲法違反だと話す元自衛隊職員がいるのはなんともやりきれない」、との言葉が私に寄せられたことがあった。政治の判断として賛成でも反対でも、国家が命じた任務を危険を犯して遂行しようとする隊員に対して感謝と敬意と同情の思いがないのは平和ボケでしかないし、国民意識の喪失ではないか。

 当時マスコミはイラク派遣隊員が一人でも傷つけば政府はひっくり返るとか、参院選を前にして自民党の中にも、そうなれば参院選は敗北だと懸念する人々がいた。今日イラクから無事全員が撤退できたのは本当によかった。だが、仮に隊員の中に死傷者が出てそれが批判されても、それは尊い犠牲であり国家が必要とした犠牲なのだと説明し、国民を納得させる見識が政治になければ、派遣を考えること自体がおかしい。批判によって力が削がれるのでは基本的に批判勢力と同じ考えを持っているからだ。犠牲が生じた場合、国家としての栄誉の制度など未だ充分ではない。しかしその前に、尊い犠牲が必用な場合があり、それが国家を支えているとの自覚が政治になければ、ひとり立ちした国家ではない。防衛庁が省となり一歩前進しても、その精神が国家になければ魂が入ったことにならない。人間は精神的存在だ。防衛について法やその解釈はまだまだ不十分だが、その前に国家にとって尊い犠牲が必要な場合がるとの精神の目覚めがなければ平和ボケからの回復はない。逆にその精神の回復さえあれば、法やその解釈の是正は容易だろう。
 
3. ド・ゴール将軍の演説
 故ド・ゴール将軍は第二次大戦でのフランス解放の象徴であり、今日のフランスの基礎を作った英雄である。ド・ゴール将軍は第二次大戦後フランスの政治的混乱の原因であった第4共和制を廃止し、現在の第5共和制を打ち立て、その初代大統領となった。また、仏植民地アルジェリアの紛争をアルジェリア独立により解決し、その最中(映画にもなったように)何度も暗殺者に狙われた。フランスの核保有の決断をした人でもある。欧州とフランスの独立を求め、米国とは距離を保とうとしたが、キューバ危機など危機に際しては真っ先に米国支援を表明した人だ。ド・ゴール将軍は晩年、母校サンシールの士官学校を訪れ印象的な演説をしている。

 「諸君は自ら軍職を選んだのだから、私は諸君に同情などしない。軍職は自由と財を犠牲にすることを諸君に要求する。この職には苦しい毎日がつきものだ。だが諸君には感動的な冒険が与えられる――諸君に与えられるのは生涯の最後の日の涙である。奉仕の喜び、武器を取る誇り、偉大な行動への希望、もっとも美しく敗れぬ夢、軍旗の下に立つ栄光の夢が与えられる――私は、諸君に同情しない」。

 日本国家にとって軍隊が必要とすれば、その軍人に求められるのはこのような犠牲だ。そしてそれを理解し、讃える精神がなければ国家の独立は保てない。大東亜戦争ではド・ゴールの演説と同じ思いで戦って死んでいった我々の先輩の若者が大勢いたのだ。大東亜戦争には負けたけれども、戦争がなくならない今日の世界で、このような精神が国家を支えていることを特に政治は理解すべきだ。表面に現れないが黙々として尽す犠牲精神が国家の独立に求められることが、理解されなければならない。
 明治維新当時わが国は文化の程度は高かったとしても、科学技術では低開発国だった。それが短期間で先進国の仲間入りができたのは、政治的立場では分裂闘争していても、国家の為に犠牲になるという共通した思いが、政治家も含めて日本人の間にあったからではないだろうか。

(以上)

虎ノ門戦略研究所理事長   関 肇

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