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■■■北朝鮮のミサイルの脅威と国際関係■■■
(その2)
平成18年7月31日

2. 日本は今までミサイル防衛をどう考えてきたか
 過去を少し振り返って見よう。ノドンは平成5年に日本海に向けて1発試射された。そして、平成6年にはノドンの部隊配備が始まったとさている。ミサイルの開発には通常何発もの試射が必要だ。ノドンは海上に向けては一発試射されただけだが、ソ連より導入したミサイルを発展させたもので多くの改良がなされていると言われ、その実績を背景とすれば、多くの試射は必要としないのかもしれない。問題は試射の平成5年からその後今日まで、日本は何もしてこなかったということだ。10年の時間があれば技術力と経済力を有する日本なら、何らかの対抗手段を開発出来たのではなかろうか。ノドンは移動式であり、張り巡らされた地下壕を移動するので位置の特定は難しいと言われる。一方、燃料や酸化剤の注入に1時間はかかるので直ちに発射というわけにはいかないという。ノドンをピンポイントに発見できなくとも、広域に電磁的にノドンの電子系統を破壊する方法もあるだろうし、燃料気化爆弾のような手段もある。
 ミサイル防衛は、直接的には、発射されたミサイルを迎撃するミサイル防衛システムを構築する方法(これは技術的にも大変難しく、所要経費も膨大となる)、敵のミサイル基地を攻撃し潰す方法がある。いずれも一つだけでは充分ではなく、両者の併用が必要だ。このほか、攻撃されると政経中枢や産業施設にそれ以上の大きな反撃をする能力を持つことで攻撃を抑止するという、従来からの抑止論も考えられよう。
 しかし、このような手段の開発・装備は専守防衛により敵基地攻撃が否定されていてはできるはずもない。最近まで日本は北のミサイルに対する防衛は自衛隊でも考慮の外だった。防衛庁は「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」で初めてミサイル防衛を計画に導入した。それまでは対航空機用防空ミサイルの装備と更新はあったが、ミサイル防衛の考えはなかった。
 平成10年に北朝鮮はテポドン1の実験をした。これは対米用ミサイル実験だったが、わが国の上空を飛び越えて海中に落下したので、わが国も大騒ぎとなった。ある代議士はミサイルおらが選挙区の上を飛んでいったのに防衛庁は何をしているのだと怒鳴り込んだという話がある。しかし、その代議士はその後ミサイル防衛に関心を持ったという話は聞かない。

 米国はこれを契機にイージス艦によるスタンダード3ミサイルの研究を本格化し、日本も協力が求められて参加することになった。しかし、あくまで配備を前提とせず研究開発だけということだった。単に反対に配慮したというだけではなく、この時点ではまだ決定ではないという行政的上のスタンスだ。ノドンの現実とこのようなスタンスとの関係は、面白いでは済まないように思われる。米国のスタンダード3の開発に日本が協力を求められなかったら、防衛庁のミサイル防衛は現在でもどれだけ現実化していただろうか。

 ミサイル防衛は核ミサイルの出現以来大きな問題だった。高速で飛来するミサイルに対する防衛手段はなかった。核攻撃に対しては、都市は壊滅しても核による反撃能力は生き残らせ、これで反撃して相手国も壊滅させるという、相互殺戮の能力を持つことで敵の攻撃を抑止することが唯一の対抗手段だった。抑止というのは、相手もこちらと同等の理性を保持しているとの仮想の上に立った論理だが、ともかく冷戦中米ソ両国は、核ミサイルによる抑止力の保有に狂奔した。レーガン大統領となり、宇宙でのミサイル防衛の研究開発が進められ、ソ連はこの競争に経済的についていけず、米国の宇宙防衛技術が完成する前に崩壊した。

 前のメルマガで述べたSS-20に対するNATOの対応でわかるように、ヨーロッパ諸国も抑止については同じ考えだった。毛沢東は、中国は人民の数が多いから死んでもかまわないが、米国は多少の死者で大変動揺するから、対等の抑止力でなくとも核開発をする意味があると言って開発を促進したという。他方、中国の核開発に対して、冷戦中のソ連が米国に共同で中国を核攻撃し中国の核開発を阻止しようと提案したが米国が断ったという話もある。
 日本は核に対しては、非核三原則「作らず、持たず、持ち込ませず」があり、西欧諸国のように米国の核戦力の国内配備によって抑止力を持つという考えは存在し得なかった。だから核に対しては(今もそうだが)丸裸でも誰も何も考えない。政治もこれに警告をしない。だから冷戦中も自衛隊は戦場で核攻撃された戦車の空気濾過装置をどうするとか、艦艇の洗浄をどうするとかのミクロなことは考えたが、本土の核防衛に対しては無関心だった。冷戦終了後も、北朝鮮のミサイルや中国のミサイルに対する防衛は、平成17年度以降に係る防衛計画の大綱に書かれるまでは、考えられてこなかった。そしてミサイル防衛の現実に対して、それがどういうものかの問題提起もされていない。

3. 敵基地攻撃能力の保有
 最近防衛庁長官や外務大臣等が発言した敵基地攻撃能力の保有はどういうことか。現在言われている敵基地攻撃論は、わが国がミサイル攻撃を受けたら、こちらも敵ミサイル基地の攻撃が許されるのではないかということだ。これは先制攻撃と混同して反対されているが、発言には先制攻撃は含められていない。先制攻撃については続いて述べることにするが、わが国は敵基地攻撃の能力を持たないから、その能力を持つ必要があるということだ。

 敵のミサイル基地を最小限たたくことは自衛の範囲内だとする政府見解は、鳩山内閣時代から表明されていたが、その見解を現実化する努力はされなかった。敵基地攻撃論は、専守防衛の考えを一部修正しようとするものだ。
 専守防衛は、もっぱら防衛に徹するということで、防衛行動をわが国の領土、領海、公海に限り、敵国の領土、領海内の軍事目標に対する反撃をしないということだ。こんな考えは、国際法上の自衛権からは出てこない。国際法上の自衛権は、反撃して敵の領土内に入り、損害の賠償を強要することも含んでいる。また軍事上、戦略守勢や専守防御(戦術上の概念)の考えとも全く違う。専守防衛は国会答弁で出てきた言葉だが、わが国独特の平和主義からくる特殊な考え方であり、軍事行動の性質を知らない人の発想だ。専守防衛が自衛権や憲法9条に由来すると言う人が多いがこれは、自衛権の内容を知らない発言だろう。
 専守防衛の為に自衛隊は長距離の攻撃能力も持たなかったし、開発もできなかった。これについては前回のメルマガで述べた。ミサイルの敵基地攻撃論は専守防衛論のうちミサイルで攻撃された場合だけ敵の基地を反撃してもよいということで、専守防衛の修正としては不十分だ。専守防衛の解釈は、政治的に国際紛争解決の手段としてこちらから戦争を仕掛けることはしませんという、憲法9条の政治上の概念に変更すべきだ。専守防衛を軍事上の概念から外すべきなのだ。そして憲法で認められている自衛権の行使についても通常の国際法上の解釈をすべきだ。

 韓国は、早速、日本の軍国主義復活と言って反対し、中国はこの時期に北を刺激することを言うことはないだろうと反対した。国内でも反対論をいう人も多い。韓国は日本を仮想敵国としているようなものだから反対は当然だろうが、中国の発言は巧妙だ。米国が実際に日本を守ってくれているなら、日本が敵基地攻撃能力を持とうと持つまいと、北から見ては同じことだ。尖閣列島を自国の領土としている中国は、日本が長距離攻撃能力を持つことは阻止したい。そのために内政干渉になる直接反対の発言をせず、中国寄りの日本人が同調するような発言をしたのだと思うが、注意すべきだ。

(つづく)

虎ノ門戦略研究所理事長   関 肇

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