

■虎ノ門戦略研究所
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■■■これでいいのか、『日中与党交流協議会』 (その2)■■■
−−中国政府の非礼と、自民党の無策−−
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平成18年3月16日
2.歴史の共同研究提案の愚
中川政調会長は提案していた「日中戦争をめぐる共同研究」について会議の最後になってようやく中国の同意を得ることが出来たという。中川氏は「歴史の事実を歪曲する議論を破綻させるためには、科学的立証主義で対抗すべきだ」とし、「必要があれば公正な第三国の歴史研究者も加えるべきだ」と言ったそうだ。
歴史の解釈は近過去であっても何が事実かを検証するのは難しい。戦史では、流動的、極限的な状況下で何が事実かを明らかにするのは極めて難しいとされている。
中国においては清朝末期以降、先ず英米仏等の利権争いがあり、次いで日本と国民党と中共との抗争、中共の背後のソ連コミンテルンの策謀、更に軍閥の抗争など、ありとあらゆる謀略が渦巻いていた。その中にあって、真相の究明とか、科学的立証が通用すると本気で考えているのだろうか。
最近、ロシアの研究者などが張作霖の爆殺はソ連の謀略だとする研究を発表している。張作霖の爆殺は歴史の謎だったが、東京裁判で日本陸軍の河本大佐らが実行したものとされた。戦前も日本陸軍の謀略説は強かったようだが、謀略の理由がないとの説もあった。張作霖は日露戦争で日本軍に協力した馬賊の出身で、当時の総理、田中義一大将とも個人的知り合いだった。大将は満蒙問題の解決を彼に期待していたとされる。
これなど一例だが、歴史上の事実を自分たちに都合の良いように捻じ曲げることに平気な中国共産党が相手では、事実が明らかにされるわけがない。例えば、盧溝橋事件は支那事変の発端とされるが、どちらが射撃を始めたか、日本の研究では支那軍であることが明らかだが、中国側はこれを認めようとしない。更に、当時中共軍は国民党軍に圧倒されようとしていた。そこで中共は日本と国民党を戦わせて生き残ろうとしていた。コミンテルンからもそのような指令が届いていた。盧溝橋事件の発砲とその後の収束努力を破綻させたのは、粛清された劉少奇と周恩来の功績ということを、一時、中共も言っていた。しかし、その後日本を悪玉とするため、中共は日本が攻撃したと一方的に主張し始めた。このような相手と共同研究ができるものだろうか。
更に、同一とされる事実についてもこんな例がある。現在の中国は「あらゆる中国人は日本の侵略の被害を忘れない」と言っているが(忘れないのは文化大革命の被害だろう)、彼らの師である毛沢東は、1964年 7月訪中した日本社会党の訪中団、佐々木更三らが支那事変について謝罪しようとしたら、「日本は謝る必要はない」とさえぎり、「われわれ中国共産党はあなたがた日本軍国主義に感謝しなければなりません。日本軍がもし中国に侵略していなかったら、共産党の勝利はなかったし、新中国の成立もなかったからです」と正直に語ったという。(北海閑人「中国がひた隠す毛沢東の真実」)
そもそも中国は歴史の真実を明らかにしたいなどとは全く思っていない。日本人の無知とすぐ謝罪する民族性を利用し、日本人を圧迫するために彼らに都合の良いことを主張しているだけだ。
第三者を交えたとしても意味はない。歴史とは今まで述べたようなものだし、その上、中国に加担する米国人など幾らでもいよう。歴史の研究をしようなどと中国に提案するなど、あまりにナイーブで歴史を知らない者の言うことだ。中国に利用されるだけだ。かつて韓国相手に歴史研究をしたが、何の役に立ったというのか。中国は韓国よりも悪辣だ。歴史の共同研究など欧米の歴史家、政治家は嘲笑うだけだ。彼らは侵略と占領の繰り返しの歴史の中で、その無意味なことを実感しているからだ。
(以上)
虎ノ門戦略研究所理事長 関 肇
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