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■■■耐震強度偽装事件について■■■

平成17年12月26日

 今回の耐震強度偽装事件では、国土交通省は17年度の補正予算及び18年度の当初予算にマンション、ホテルへの補助を計上した。地震が心配されている時に被害者の救済は緊急の問題だ。
 この問題に国はどう対応するのか、問題が犯罪行為によるものであるだけに対応の考え方が難しいと思った。だが、立法府の国会には失望した。証人喚問の場は誰にどんな責任があるかのみを糾弾する場と化し、テレビ番組の視聴率稼ぎの場となり、また議員の能力を露呈する場になった。そのような追求は本来司法の責任である。
立法府は救済のために現行法上何が可能かを議論すべきではなかったのか。

 地震など自然災害の被害者への救済と比較してみよう。例えば、現在も仮設住宅で苦しんでいる山古志村の住人への救済と、耐震偽装問題の救済とは法律上どのような関係にあるのか。また、犯罪行為によるもの、例えば詐欺被害者の救済と比較してみよう。金儲けの為に被害にあった場合、オレオレ詐欺のような同情すべき場合などいくらでもある。これらの救済はまずは犯罪者からの回収が救済手段となるが、充分な回収は不可能な場合が多い。このような場合の救済とはどういう関係となるのか。建築の施工内容など依頼者には分からないのが実情だが、それでも契約の責任はある。被害者が多数ということも理由にはならない。一人でも多数でも法の下の平等は同じだ。
 仮に、詐欺事件で今回の場合を例として国の賠償を求める訴訟が起きたらどうなるのか。国家による負担は国民の税金だ。今回の耐震偽装問題の場合は被害が大きいことが予想されるので行政が早急な対応を考えるのは当然だが、立法府の本来の役割は行政が法律上適正な処置をとれるように議論をなすべきではなかったろうか。その議論すべきところを行政に放り投げ、司法まがいの糾弾にうつつをぬかすようでは、官僚支配の脱却を声高に言う資格はない。
 国土交通省の責任を問う声もある。そもそもこの検査には多くの建築士が必要だ。行政のスリム化の為に民間委託をしたのが間違っているとは思えない。しかも建築士という国の資格を持つ人が担当している。そこに問題があるとしたら、弁護士、公認会計士、医師などによる個人の犯罪行為は、法務省や厚生省の責任となってしまう。
今日、大企業における類似の不祥事件も後を絶たない。職人が自分の仕事に誇りを持っていた日本の伝統の喪失を言う人もいる。

 私が思い出すのは、かつて柔道海外選手権試合出場者の東海大学歓送会に出席した時のことだ。当時の松前総長は「日本の為に頑張れ」と激励した。それに対し山下団長は、「自分は自分のために頑張ったのだ。それが良いのだ。」と答辞を述べた。ここに、現在の日本の問題の基本があるのではないだろうか。
 自分個人のためにだけ仕事をする。自分より大切なもののために仕事をする。この違いが大きいのではなかろうか。仕事は自分より大きいものの為に役立っているとの自覚があれば、安易に犯罪行為に走ることもないだろう。モラルの形は国々の伝統により異なる。日本では長く「忠」が武士だけでなく庶民の間にも尊ばれた徳目だ。
 「忠」は米占領軍が最も敵視した日本人の徳目だった。それは決して封建領主に対する盲目的服従を意味するものではないのだが、占領軍はそうした教育を強いた。そして「忠」の心が軽蔑され、失われ、国家とは悪であるとの教育支配が今日の日本の問題を生んでいるのではないか。

(以上)
虎ノ門戦略研究所理事長   関 肇

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