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■■政治優先の原則と軍事(その1)■
H16.12.28
 1 政治優先と奇襲対処 
 (1)誰が決断するのが
 ミサイル防衛において、迎撃ミサイル発射の判断を何時、誰がするのかが問題となっている。北朝鮮ミサイルは、発射されてからわが国に到達するまで約10分という。他方、迎撃ミサイルの発射は防衛出動であり、防衛出動は、首相が安保会議に諮問し、安保会議が了承すると閣議で決定、原則として国会の事前承認を得て、首相が下令するという手順が必要である。安保会議を開こうとしている間にミサイルが東京の中心で爆発すれば、核ミサイルでなくとも、首相や安保会議のメンバーは消滅しているかもしれない。到達に10分というと、対処のために残された時間は少なく、問題の緊急性を生々しく印象付ける。これは政治優先・文民統制上の原則から奇襲に対する迎撃の決断をどうするかという奇襲対処の問題で、今に始まった問題ではない。
 わが国では奇襲に対処する法規が整備されていない。昭和53年、今年亡くなられた当時の栗栖統幕議長が問題だとして発言され、政治優先の原則に反するということで金丸防衛庁長官から更迭された。
 奇襲は人類が闘争を始めた時からあっただろう。そして、それは戦場の帰趨に決定的な影響を与えてきた。探知、通信手段が大きな発展を遂げた今日、発達した探知システムを保有していれば、奇襲は防げるのだろうか。探知には必ずそれを避ける方法があるもので、奇襲の本質が人間の心理的虚を衝くものである以上、探知能力が如何に向上しようとも奇襲はあると考えるべきだ。もともとテロは奇襲で成り立っている。

 わが国における現在の問題は、防衛出動だろうとテロ対策だろうと、中央における対応ぶりには制度的に立派なものが出来始めたが、防衛出動の手続きで分かるように、それが緊急に役立つのかということだ。ミサイル防衛でなくともよい。密かに潜入していた北鮮の破壊工作部隊を地方の部隊が発見したとする。発見した現地指揮官は、中央に報告し上記の手続きを待つ間、何も出来ない。その間、破壊工作部隊は、有利な地歩を占めてしまうだろう。
 現地指揮官の判断を許さないというのは、政治優先の原則からの主張だろうが、それは、軍事と政治の関係を理解しないことから来るもののように思える。
 栗栖さんは当時、「北方領土に駐在するソ連軍がしきりに上着陸訓練を行っている。ソ連軍が突然北海道を奇襲攻撃したらどうするのか。法が整備されていないから、自衛隊が対抗措置を取れば超法規的措置となる。」と発言された。緊急な場合に現場指揮官にある程度の権限を認めることは、政治優先の原則に反するものではない。法律が整備されていればよいのだ。
 取りあえず侵略を排除し、その後、侵略国との関係をどうして行くのか。それからが問題であって、政治が決めることだ。自衛隊に戦闘を中止させ、国家として敗北することにするのか。敵を撃破し(自衛隊の能力次第だが)、敵国に攻め込んで勝利し、損害の賠償を要求するのか(これは個別的自衛権の範囲内である)。同盟国米国に至急救援と反撃を頼むのか。或いは、米国や影響力ある他の国、或いは機能しなくとも国連に平和的仲裁を頼むのか。自衛隊の能力次第ではあるが、選択肢は多くあり、どれを選択するかが政治の問題だ。法で緊急時に現地指揮官にある程度の権限を認めることは、政治優先の原則を傷つけるものではない。むしろ政治に選択の幅を持たせるものだ。
 政治優先の原則は、軍事に関する全ての決定を政治が行うということではない。軍事には軍事固有の論理があり、それが無視されると軍事は破綻する。軍事に対する政治は、大枠を示すものであって、軍事の細部に指示を与えるものであってはならない。

(2)決断の時期と契機は?
 かつて米軍から、北朝鮮がミサイルに燃料を注入し始めたとの情報提供があった。(国の安全についてここまで米国に依存しながら、独立の努力をしようともせず、米国批判のみを行う人々がいる。)ミサイル防衛では、北鮮がミサイルに燃料を注入し始めたら防衛出動できるという議論もあった。ミサイルは固形燃料になれば燃料注入などないし、発射されても落下を始めるまでどこを狙って発射したのかはわからないといえる。防衛出動下令というような政治的決断は、燃料注入というような物理的事象は判断材料の一つとはなってもそれだけに過ぎず、相手国の現状に対する認識とか総合的判断の下に行うべきで、それが正に政治であろう。誤るリスクも当然ある。機械的な判断の基準でよいならコンピュータ−に任せればよい。政治不在と言えよう。
 政治優先の言葉は、わが国では軍事問題の枕詞のようである。戦前の軍の政治壟断といわれることへの反省であろう。

 戦前は奇襲に対する法制はどうなっていたのか。戦前の陸軍法では、地方長官の要請があって初めて地方指揮官は部隊を出動できた。しかし緊急で間に合わず、やむを得ないときは、自らの判断で部隊を動かすことが許されていた。
 この名残があると思われるのは、自衛隊法の災害派遣に関する規定だ。天災地変等の災害に際して、部隊指揮官等は知事等の要請に応じて部隊等を派遣できるが、特に緊急を要し、知事等の要請を待ついとまがないと認められるときは、要請を待たないで部隊等を派遣することができる、との規定は自衛隊法が出来たときからある。今までにこの条項が実際に活用された事例はないが。
 他方、陸軍刑法で、みだりに兵を動かす者は死刑となっていた。これで制度上のバランスは取れており、政治優先の原則も法律上は担保されていたと言えよう。しかし中央の命令に反して兵を動かしたとされる関東軍の多くの指揮官達が死刑になったという話は聞かない。法律上の規定がしっかりしていても、実際に政治を動かしているのは人間だ。政治優先の原則を保つのは、結局は政治家である。
 政治と軍事の関係は国家にとって最も重要な問題の一つである。戦前の制度はあっても使われずというのは問題だが、軍事と政治の関係を理解せず、必要な制度を作らないのも大問題だ。仮にやむを得ない必要から、制度上認められていないにも係わらず指揮官が部隊を動かし、追認されてしまうようなことになれば、それは政治優先の原則を遵守する心を失わせ、やがて国家に危機をもたらすこととなるのではなかろうか。

虎ノ門戦略研究所理事長   関 はじめ

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