

■虎ノ門戦略研究所
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■■■犠牲と名誉■■■
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平成16年01月09日
平和は大切だ。しかし人類の歴史は闘争の歴史だし、ただ望むだけでは平和はやって
こない。また、武力を行使しないことが平和への努力であるというのも間違っている。我が国は、平和を常に目標に掲げつつ、国際社会の現実に対応していかなければならない。
軍隊(自衛隊は軍隊ではないが)は、国家が命令すればどんな危険なところにでも出動する。国家の命令は政治判断の結果だから、政治判断はあくまで適切であることが求められる。しかし、その判断が、「軍人の命が危険にさらされるかもしれない」という要因で左右されるのは間違っている。
消防士は、例え放火という犯罪の結果であろうと、消防と人命救助のためには身の危険を顧みずに行動する。軍隊は、戦闘という生命の危険が初めから予想される行動をとるためにある。
国家の命ずるところに従って、身の危険を顧みずに行動することは、現憲法の言葉を使えば、公共に対する福祉の次元を超えた高度なものだ。この行動を高貴と思う心がないところには、そもそも公共の概念がないと言ってよい。高貴だから名誉が伴うのだ。
フランスの英雄、故ド・ゴール大統領は、晩年に母校サンシールの士官学校で次のような演説をしている。
「諸君は自ら軍職を選んだのだから、私は諸君に同情などしない。軍職は、自由と財とを犠牲にすることを諸君に要求する。毎日苦しい日が、この職にはつきものだ。だが諸君には感動的な冒険が与えられる―――諸君に与えられるのは生涯の最後の日の涙である。奉仕の喜び、武器をとる誇り、偉大な行動への希望、もっとも美しく破れぬ夢、軍旗の下に立つ栄光の夢が与えられる―――私は、諸君に同情しない」。
これは士官学校での演説だが、下士官や兵などすべての軍人(自衛官)に当てはまる言葉だ。
人間は皆、平和で気楽な生活を望んでいよう。にもかかわらず、犠牲と奉仕が求めら
れる軍職が存在するのは、国際社会で国家がそれを必要とするからだ。国家なくして、個人の人権はどうして守られよう。その国家に対する忠誠、それは高貴なものなのだ。
高貴なものに名誉を与える、その意識がなくて国家は存続できない。今の日本が溶けかけているのは、そこに原因がある。
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